硝子体注射
加齢や黄斑浮腫、網膜剥離などさまざまな理由で容積の減った硝子体(白目の部分)に直接注射をする硝子体注射。
この注射にはどのような成分が入っているのでしょうか。また適用となる疾患や費用、副作用について詳しく解説します。
硝子体注射とは
硝子体注射は、眼の中に直接抗VEGF薬を注入する治療方法です。
VEGF(血管内皮増殖因子)は通常、血管を安定化させる役割を果たし、眼内に存在しています。抗VEGF薬は、「VEGF(血管内皮増殖因子)」を抑制する薬です。
ただし、糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などの網膜血管が詰まる病気、脈絡膜血管に関連した加齢黄斑変性などでは、VEGFの過剰な産生が見られ、その結果、眼内には弱い新生血管が形成されます。
これらの新生血管は未熟であり、炎症や出血、浮腫などが発生し、歪みが生じたり、視力が低下することがあります。
抗VEGF薬を眼内に投与することで、新生血管の活動性を抑制し、それに伴う炎症や浮腫も制御できます。現在、保険適応のある主要な抗VEGF薬には3つの種類があります(アイリーア、ルセンティス、ベオビュ)。
アイリーア、ルセンティス、ベオビュの3つの薬の違いについては、アイリーアは効果と安全性のバランスが良く、ルセンティスは高齢者や全身疾患をお持ちの方に対して安全に投与できます。一方で、ベオビュは、アイリーアの投与が効果的でない方や初めて投与される方に使用されることがあります。これらは比較的効果が強い薬です。
POINT
当クリニックでは治療の効果や副作用などを考慮しながら、最適な薬剤を選択しています。
この治療法は最近では眼科領域で一般的になっており、広く行われてる治療方法です。初めて使用された際は加齢黄斑変性の治療に応用され、異常な血管を取り除くために眼内に抗VEGF物質が注入されます。
また、糖尿病黄斑浮腫、網膜静脈閉塞症、近視性脈絡膜新生血管症などの疾患にも有効であり、治療の対象が増加しています。
薬剤(抗VEGF物質)の効果
- 糖尿病黄斑浮腫において、網膜の血管流からの血液成分の漏れを抑制し、それによって網膜の浮腫みを軽減させます。
- 加齢黄斑変性や近視性脈絡膜新生血管症に対して、網膜の下にある脈絡膜から生じる異常血管(脈絡膜新生血管)を縮小させ、異常血管からの血液成分の漏れを防ぎます。
- 網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症において、血管が詰まり、網膜が酸欠状態の際、網膜から酸素不足のサインとして放出されるVEGF物質を抑制し、これによって網膜の浮腫みや新生血管の発生を防ぎます。
硝子体注射の対象疾患
硝子体注射の対象となる疾患を説明します。
対象疾患①加齢黄斑変性
加齢黄斑変性とは?
加齢黄斑変性は、加齢によって引き起こされる病気で、網膜の中央に位置する黄斑が変化することにより、歪んで見えたり、中央視がぼやけたり、視力が低下する病態を指します。
欧米では成人の失明の主因となっており、日本でも失明の主要な原因となっています。
以前は発症率が低かったですが、近年では増加しています。
この疾患は一般的に片目だけで発症することが多いですが、片目に発症すると数年以内にもう片目にも症状が出ることがあります。
寿命の延長や肉の摂取が増加するなど、生活が欧米化する中で日本人の発症率が上昇しています。
加齢黄斑変性は治療が難しいとされていましたが、近年の進歩により、早期の段階から治療を行うことで視力の改善や進行の予防が可能になりました。
加齢黄斑変性の原因
加齢黄斑変性の原因は、まず、滲出型と萎縮型の2パターンがあります。
加齢黄斑変性の症状
- 物が歪んで見えることがある
- 中心が見づらい感じがする
- 中心が暗く見えることがある
- ぼやけて見えたり、不鮮明に見えることがある
- 視力が低下することがある
- テレビが白黒に見えることがある
- 画面が歪んでいるように感じることがある
- 人の顔が細長く見えることがある
- 視界の中心が暗く、一部が欠けて見えることがある
視界の中心が見づらくなりますが、全く何も見えなくなるわけではありません。眼の中心に水がたまって浮腫むことで視界が歪んだり、見づらくなることがあります。
初期段階では片目だけに症状が現れることが一般的で、気づかないこともあります。また、年齢を理由にして問題を放置することもあるかもしれません。
しかし、加齢黄斑変性を放置すると治療が難しくなるため、早期発見、早期治療を行うことが重要です。
対象疾患②網膜静脈分枝閉塞症や網膜中心静脈閉塞症による黄斑浮腫
黄斑浮腫とは?
網膜中央の黄斑部に液体がたまり、むくみを引き起こして視力低下をもたらす病気です。
網膜静脈が血栓などで詰まると、眼底出血が発生します。詰まった血管によって、網膜静脈分岐閉塞症や網膜中心静脈閉塞症として知られています。
この状態が放置されると、網膜の酸素不足が生じ、それによってVEGFが生成され、新生血管が形成される可能性があります。この状態を防ぐため、抗VEGF薬を注入します。
黄斑浮腫の原因
黄斑浮腫は主に糖尿病網膜症、網膜静脈分枝閉塞症、ブドウ膜炎など、さまざまな疾患が原因となって発症します。
これらの疾患により、血管からの水分漏れが増加すると、網膜の浮腫(むくみ)が発生し、それが進行して症状が現れることがあります。
浮腫が持続すると、徐々に網膜の神経が損傷し、視機能の回復が難しくなる場合があります。
黄斑浮腫の症状
黄斑浮腫では、視野の中央部が影響を受け、進行に伴ってさまざまな症状が現れます。
主な症状にはかすみ目があり、それに加えて視力低下、物が歪んで見える変視症、色の濃淡や明暗が明確でないものが見えにくくなるコントラスト感度低下などがあげられます。
対象疾患③網膜剥離
網膜剥離とは?
網膜剥離は、薄い膜である「網膜」の一部が剥がれ落ちる状態を指します。
網膜は10層構造で構成されており、外側に位置する層を「網膜色素上皮層」と呼びます。
しかし、この網膜色素上皮の部分から内側に向かって、残りの9つの網膜層が剥がれてしまうことで網膜剥離が生じます。網膜剥離が発生すると、「視細胞」と呼ばれる視覚に重要な細胞に栄養が供給されなくなり、剥離した領域に対応した視界が見えなくなります。
この病態を放置すると失明につながる危険性があります。
視覚に異変を感じた場合は、速やかに当院や近隣の眼科を受診してください。
網膜剥離の原因
網膜剥離の原因は2つに分けられます。網膜に穴が空いてしまうことによって生じる「裂孔原性網膜剥離」と穴の空かない「非裂孔原性網膜剥離」です。
さらに、「非裂孔原性網膜剥離」の原因として、「滲出性網膜剥離」と「牽引性網膜剥離」があげられます。
裂孔原性網膜剥離 – 網膜裂孔
裂孔原性網膜剥離の原因は、網膜に穴が空いてしまうこと、すなわち「網膜裂孔」にあります。網膜裂孔が生じる原因は、年齢によって異なります。
若年性
若年者の網膜裂孔は、近視の症状が強い方に発生する可能性があります。近視の強い方は通常よりも眼球が奥に伸び、その結果、眼球の壁も伸びることになり、網膜が薄くなります。
この薄い網膜が収縮し(格子状変性)、穴が開いてしまい、裂孔または円孔が形成されることがあります。他にも、外部からの強い衝撃によって網膜に穴が生じることがあります(外傷性網膜剥離)。
また、アトピー性皮膚炎の患者が目のかゆみで眼部周辺をこすったり叩いたりすることによっても発生することがあります。加齢に関連する若年性の網膜剥離では、硝子体の液化が軽度であるため、進行は緩慢であることが一般的です。
そのため、網膜円孔や網膜裂孔が存在しているにもかかわらず気づかない場合もあります。
年齢に伴う硝子体の変化
眼の中で、網膜よりも内側にある部分は「硝子体(しょうしたい)」と呼ばれ、無色透明でゼリー状ですが、加齢とともに徐々にサラサラに変化します。
これが液化変性と呼ばれる現象です。ゼリー状だった硝子体がサラサラになると、その容積が減り、結果として硝子体と網膜が離れ、「後部硝子体剥離」と呼ばれる状態になります。
後部硝子体剥離は年齢を重ねると誰にでも生じる生理的な現象です。
ただ、硝子体と網膜がしっかり癒着している、もしくは、網膜自体が弱くなっている場合、剥離した硝子体が網膜を引っ張ることがあります。
その結果、網膜が引き裂かれ、亀裂や穴ができることがあります。これを網膜裂孔と呼びます。
この網膜に生じた亀裂や穴から、硝子体が網膜の下に流れ込み、網膜剥離が生じます。硝子体は加齢によってサラサラになっているため、若年性の網膜剥離よりも進行が早いことが一般的です。
目の上部では硝子体と網膜が特にしっかりと癒着しているため、加齢性の網膜裂孔は上部によく生じる傾向があります。これによって重力による網膜剥離の進行が早まることがあります。
非裂孔原性網膜剥離
滲出性網膜剥離
網膜の下には豊富な血管が存在する脈絡膜と呼ばれる層があります。
この脈絡膜に異常が生じると、血管からの液体成分が網膜下に漏れ出し、これが原因で網膜が剥離します。
ぶどう膜炎や中心性漿液性脈絡網膜症、眼内腫瘍、網膜血管腫などが原因となり得ます。これらの病気が治療の対象となります。
牽引性網膜剥離
網膜内の複数の毛細血管が機能不全となるなどの理由で、血管に酸素供給が不足することがあります。
これにより網膜の下に増殖組織や非常に新しい血管が発生し、これらが強い癒着力を持っているため、網膜を引っ張ってしまい、網膜剥離が生じることがあります。
増殖糖尿病網膜症、未熟児網膜症、網膜静脈閉塞症などが原因となります。硝子体手術を行い、硝子体の牽引を解除すると、網膜剥離は自然に元に戻ります。
網膜剥離の症状
初めは、黒い点や白い点、ごみくずや糸のようなものが見える飛蚊症や、ピカピカと光が見える光視症などが自覚されます。
網膜剥離が進行すると、見えない領域が生じたり(視野欠損)、黄斑部まで剥離すると視力低下が発生します。網膜が破れた際には、血管が切れて硝子体出血が生じることもあります。
この場合は、急に見えづらさを自覚することになります。
硝子体注射の方法
白目の部分で針を刺しても問題のない部分に針を挿入し、薬を直接注入します。
POINT
当クリニックでは、眼内手術を含むクリーンルームで注射を行い、感染リスクを最小限に抑えるよう心がけています。
注射自体よりも、針の挿入時に雑菌が侵入しないように、十分な時間をかけて事前に消毒作業を行います。
また、使用する注射針は一般的な採血用の針よりもはるかに細いため、穴は迅速に塞がります。
硝子体注射の問題点
硝子体注射は、手術よりも手軽で即効性があり、治療による改善や悪化の抑制効果が多くの患者に見られ、そのため全世界で急速に普及しています。
しかしながら、現在の課題として以下の点があげられます。
治療効果の持続期間が短い
注射後、1~2か月程度で効果が薄れるため、定期的に注射を打つ必要があります。
薬価が高い
一般的な費用は3割負担の場合、約5万円/1回の費用です。加齢黄斑変性症に対する抗VEGF薬治療には保険診療が適用されます。
70歳以上の方においては、月毎の自己負担が、3割負担で56,700円まで、1割負担で14,000円までという上限が設けられています。
感染症のリスク
数千人に1人という低い確率ではありますが、注射部位から雑菌が侵入し、眼圧上昇、白内障の進行、血圧の上昇、脳梗塞などの合併症が発生する可能性があります。
副作用について
患部に雑菌が侵入すると炎症が悪化します。指示通りに抗菌剤を点眼してください。
注射後、視界がもやもやして見えることがありますが、時間が経過とともに自然に治ります。他にも、網膜剥離や水晶体の損傷、硝子体出血など、失明につながる可能性のある眼内炎も発生することがあります。
また、脳卒中の既往歴のある方には慎重に投与され、投与前の問診が重要となります。
サイト監修者について
医療法人七彩
理事長 本間 理加
これまで大学病院に長く従事し、白内障手術をはじめとして、網膜硝子体手術、緑内障手術、眼瞼下垂、角膜移植など様々な眼科手術に豊富な執刀実績を持ちます。現在医療法人七彩の理事長として川越エリアを中心として手術に特化した眼科クリニックを2医院展開しています。